岩手県政150周年

Historyいわての150年

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Commerce & Industry商工業(クローズアップ)

山と緑に囲まれた県土の開発と、
産業の集積、北上川清流化の歴史

産業と防災の要、北上川流域の開発

 治水、農業用水、発電など地域の経済発展を目指し、国による特定地域総合開発事業の第1号として昭和28(1953)年に「北上特定地域総合開発計画」が決定。五大ダムの整備や一関遊水地事業が事業の柱であった。

 ダム整備により「洪水の資源化」が実現。北上川の豊かな水は、生活用水、農業用水のほか、工業用水にも活用され、自動車や半導体の製造などに利用されており、今日の北上川流域の産業集積に繋がっている。

北上川流域の産業集積の礎

 テレプリンターの開発で「みちのくの電信王」と呼ばれ、晩年は参議院議員も務めた谷村貞治。戦時中に新興製作所の花巻工場を立ち上げ、北上川流域に機械金属工業の礎を築いた。

谷村貞治(提供 花巻市博物館)
北上工業団地付近(令和5(2023)年)、一関遊水地(令和5(2023)年)

清流を取り戻す〜松尾鉱山と北上川〜

 昭和27(1952)年に最盛期を迎え「雲上の楽園」と呼ばれた松尾鉱山。昭和47(1972)年の閉山後も、鉱山から流れ出す強酸性坑廃水が赤川に 流入し北上川を汚染して大きな社会問題となっていた。旧建設省による暫定中和処理と並行し、岩手県が国の補助を受け鉱山跡地に新中和処理施設を建設。昭和57(1982)年の本格稼働によって北上川は清流を取り戻し、現在では、流域に生活する人々のため、農業、工業などに広く利用されている。